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大事なこと、忘れていたけれど 主権在民なんだ!

小学校の社会の時間に習ったこと。三権分立、主権在民。なんて素晴らしいシステム、憲法ってよく考えられているんだなあと思ったのもつかの間。テレビには国民の代表である国会議員が灰色交換じゃ?なかった”灰色高官”として映し出されていた。
私たちが”民主主義”の憲法のもとに選んだ、私たちの”代表がシュウマイじゃなくて”収賄”という悪いことをしたらしいのに何もお咎めなしなの?それってどういうこと?
代表ってことは、私たち子どものお手本じゃないの?
学校で習ったことと、今ここに見ているものはどうしてこんなに違うの?

そう疑問に思ったっけ。

”大人は信じられない”という意識と、物事はよく見て判断すべし、という感覚がなんとなく生まれたのは多分その時期だと思う。”禊ぎ”を済ませたから、とゾンビのように復活してくる大人たち。不思議に思うのと同時に、軽く水に流してしまえる状況ってどうして?と思った。

多分、その頃から少しずつ政治が腐敗してきたんだろうと思う。
え?「記憶にございません」?ですって?
そ?なんでしょうね。
だから経済危機後、各国の首脳たちが活発に意見交換して世界情勢は変化しているというのに、この期に及んでも内向きでいられるのは、そういう人たちが永田町で自分たちのことだけ、わが身可愛さの行動ばかりしているからでしょう?ちがう?

今回の文京区の千駄木で勃発している、マンション建築騒動。
元NTTの用地(商業地域)と隣接の東京建物の土地(第一種中高層住宅専用地域)が合わさったことで、なぜ4階までしか建たないところに10階建てが建つの?という寝耳に水の計画。
始めに申請をだし、(外部がチェックして)役所が申請受理したら、住民への説明会(形だけ)。ころあいを見計らってそれも打ち切り。どんなに納得がいかなくても、役所の調停やあっせんは効力がないし、住民側が裁判起こすにはとてもとても高いハードルが横たわる。
つまりは、どんなにおかしいとおもっても、現行の法律がこうなっているから、大企業の前には何もできない私達、小市民。(千駄木5丁目計画の問題点

日本の建築法律は戦後の住宅不足時代の政策がいまでも続けられ、一戸でも多く住宅を建てることに重点がおかれているまま。
住宅戸数が過剰供給になってもいまだに見直しされず、東京都にいたっては、大通りに高層マンション、それは震災の際の防火壁なんだそうな。それって都市計画なの?冗談きつすぎ。

獅子型ヘア&藪だか竹だかの中の時代に改正(改悪)された建築基準法は、古い建物を壊して建て直すスクラップ&ビルド。ディベロッパーの都合の良いように解釈されているのが悲しいかな、現状。

NTTの元電話交換しせつなんて、いたるところにあるから日本全国、各地で確実に進行中の現象だと思う。わが身に起こらなければ、気がつかない事実、でも気づいたときには遅い、何も手を打てないのが現実。
住民側にたとうが、企業側にたとうが、みんな同じ一市民、なのにね、変だよ、これ。

小学校以外でも授業でやったように思うけれど(基本的人権や象徴天皇他も忘れていないし)大学の英語の授業までは忘れていた。そしてそれ以後も忘れていた、マンション騒動が起こるまでは。


昨晩、社民党の保坂展人(ほさか・のぶと)衆議院議員のパーティで行われた伊藤真氏との対談で、伊藤氏が「主権在民なのですよ」と発言された。
え?あ、そうだった!!ごめん、ごめん。長い間忘れていたよ、この大切なことを。

ここは専門家、伊藤塾の伊藤真氏のブログから以下を引用したい。

・・・経済の市場原理はとても大切なものです。ですが、それ一辺倒ではバランスを崩します。この原理は、自由競争と効率性を追求しますが、自由競争は必然的に勝ち負けを生み、弱者、敗者を排除していきます。淘汰によって強いものが生き残ればいいのだという発想は、人間社会の大切なものを失わせます。また、効率性を追求するということは、プロセスはどうでもいい、結果がすべてという成果主義につながります。結果を出せない生き方は評価されません。

しかし、こうした経済の市場原理とともに、憲法の人権の原理があることを忘れてはなりません。憲法の人権の原理においては、弱者を排除することなく、社会の一員として受け入れていきます。排除ではなく受容の原理です。そして、結果も大切ですが、それと同じくらいそこへたどり着く過程、プロセスもまた重要だと考えます。憲法31条の適正手続の保障などはその最たるものです。

憲法は幸福権ではなく、幸福追求権を人権として保障しました。これは幸福へ向かうそれぞれの生きる過程を人権として保障しようとしたものです。人間は結果だけのために生きるのではありません。もし結果だけを問題にするのであれば、人には死という結果しか待っていません。そこで重要なことは、死という結果ではなく、今をどう生きるか、つまり生きている過程です。この生きるという営みそのものに価値があるのです・・・



ああ、そうです、そのとおり!!伊藤塾の伊藤 真さん(ご存知カリスマ弁護士)や保坂 展人衆議院議員">保坂展人衆議院議員(次回の選挙では社民党・東京8区杉並区より立候補予定)さんのような人がいるなら、まだまだ日本も捨てたもんじゃない。未来を信じられる、と感じる。

引用した伊藤氏のブログの全文はこちらをどうぞ。
constitution

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