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No, No石原都政、これから始まる日本の大掃除

ありとあらゆる事業の裏には政官財の談合が存在して、共通しているのは彼らが利権を分けあう構図。
それを正しく国民に教えてくれるメディアはなく、彼らたちもその仲間という呆れた状況。でも私たちでシビアな目でみて一票としてメディアのもって行こうとする方向をも変える!それが今回の都議選だったと思う。

エコノミストの植草氏のブログ(7月11日付け)に東京都議選について3つの争点が指摘されていた。

政権交代実現を望み、「新銀行東京」、「築地市場の豊洲への移転」を評価しない、オリンピックの東京招致に賛成しない有権者は、国政レベルでの「政権交代実現推進勢力」に1票を投じるべきである。民主、社民がその軸になる

「新銀行東京」も「築地市場の豊洲への移転」も「オリンピックの東京招致」もNO!どうして都議会は唯々諾々と従ってきたのか、それは自公が数を抑えていたから?
それとも本職は 石原裕次郎の兄という人がサイドビジネスとして?知事だから?
周りがみんなNOと言えない人々だったから?

人事・予算・条例の3権限を行使し得るのだから知事は3日やったらやめられない、らしい。
霞ヶ関の官僚体制に操られる国会の大臣センセイ方よりも、遙かにやりたい放題する事が可能なポジションだものね。

東京都の税収は、ベルギーの国家予算並みで、タイの国家予算の2倍近いというニュースを数年前にみた覚えがある。お金のあるうちに、将来の東京都・東京都民のためにやるべきことがもっと他にあるでしょっ。

オリンピックは何のため?
どこかの実体のない産業である広告代理店と建設関係が儲かるだけではないの?

「新銀行東京」は本当に必要な中小企業の役に立っているの?
累積赤字はいったいいくらなの?
だれがツケを払うの?誰がその後ろで高笑いして腹を抱えているの?


オリンピック誘致と新銀行東京でお金は全部でいくら消えたの?
中国からパンダをレンタルして子供達を楽しませてあげたほうがずっとよい使い道ではない?
(2匹で1億っていう額は庶民にとっては高すぎると思うけれど、どんどんこの2つにつぎ込むよりずっとまし)

今は都の管轄ではなくなったけれど、収集まで長時間外に置かれっぱなしのごみ、頭上に渡されている電線の太い束、ついでにサイクリストとしていわせてもらうと、歩道はペケで、車道だと目障りのきわみとして邪険に扱われて行き場のない(走るレーンが少ない)状態はなにさっ。どこが先進国なんだ?

東京都の管轄ではないとしても、首都なんだから、しかるべき官庁なりなんなりに働きかけてもっと景観的にもきれいにして!
街がきれいなこと、安全にも結びつくし、心地よいことが住民にとって何よりのもの。

病院だってそう、日ごろお世話になっている身として見ていても、とても危機的状況だと思う。
教育・福祉・医療を充実させるために公の組織が率先してやらずしてどうするの?
どこかの県もそのあたりの予算をばっさりやって成果をあげたような顔をしていたけれど、手をつけるべきものは別の所にあるはず。

その手のものに手をつけるのが「改革」っていうの?
ちがうでしょ。
2001年に発行されている岩波ブックレット、『暮らしから考える政治―女性・戦争・食 (岩波ブックレット)』の中で姜尚中氏は以下のように書いているのだけれど

「改革」には「痛み」がともなうといっていますが、それは言葉を変えて言えば、「改革」という名の倒錯した「「破壊」が強いる生活破壊の苦しみのことであり、その「痛み」はあまねく社会に等しく分かりもたれるのではなく、偏ってあらわれざるをえません。
具体的には零細・弱小・中小の企業であり、能力・資質・境遇の面で不利な労働者やサラリーマンです。



そのとーりっ。
姜さんの書いていたことが8年後の今、大きな社会問題となっている。
いまだに獅子スタイルヘアの元首相が「首相にふさわしい」などといっている人の気が知れない。
そういえば件の知事さん、姜尚中さんのことを「怪しげな外国人」とか、「怪しげな外国人が出てきてね。生意気だ、あいつは」などと名誉毀損かつ、人種差別撤廃条約にも違反していると思われることを言っていましたねぇ。
ババア発言もあったし、「フランス語は数を勘定できない言葉だから国際語として失格しているのも、むべなるかなという気がする」という発言もありましたっけね。

そういう方が首都のトップ、議会も右にならえ的な状態はNOなんですっ!
予算のあるうちにもっと将来に向けての種まきをしてよっ、それから、選挙のときばかり宣伝カーで走り回ってばかりの議員でなくて、本当に仕事してよっ。

来るべき国政選挙では、もっと大きな変化が起こってほしい。
政権交代して、膿をだして新生日本として生まれ変わってほしい、こんなに素晴らしい国は類を見ないのだから。

そのためには、わたしたち一票をもつ一人ひとりがしっかり目を見開いてみなくちゃ。
もう一回、姜尚中さんの同じブックレットより。


自分たちの家族の生活や糧、財産、将来の生活を左右するような死活的な利害と関係しているのですから、政治家を見る眼はシビアじゃなきゃいけないと思うんです。
僕がいつも思うのは、自分たちの暮らしについてこれほどシビアな女性達が、なぜ政治家を見る眼が甘いのだろうか、ということです。そのギャップをいつも感じています。

そのギャップを今こそ埋めないといけないですね。自分たちの暮らし、利害に関ることにについては、例えば家計を管理する主婦であれば、1円でも安いところに出かけて買い物するのではないでしょうか。そういうシビアさを政治家に向けなければいけないと思うんです。そして政治家はそれを最も恐れているということです。そのシビアな目があれば、政治は良いほうに向いて行くと思います。



そして、植草さんのブログにこれからのポイントが・・・


次期総選挙に向けて重要な戦術が三つある。
?「投票率」を可能な限り高めること
?「政権交代推進勢力」に投票を集中させること
?「偽装CHANGE新党」が創設されても、「偽装CHANGE新党」には決して投票しないこと

この三つを、三大選挙戦術として、政権交代を希求する全国民に徹底的に周知徹底することが必要だ。政権交代実現は、手に届くところにまで近付いてきた。
しかし、最後の最後まで気を抜くことは許されない。
主権者である国民が手を携えて総力を結集しなければならない。




そうだ、そうだ!!。
目にモノ見せてくれようぞ。
敵は手を変え品を変えて、わたしたちの本当の覚醒を妨げようとしているのだから
提灯持ちメディアもあることだし。l

利益誘導型、私腹肥やし型、馴れ合い大好き系、政治団体を使った「課税逃れ」議員、などなど、首を洗って待っていなさい。
へなちょこ議員一掃、在庫整理、今までの膿を出しての大掃除はこれから。

そうそう、
くだんの知事の息子さまの選挙区、東京8区(杉並区)からは、社民党から保坂展人さんが立候補予定。ここで私達のために日夜活動してくれているのは誰なのか?
よく見極めて私達は一票に思いを託すべし、でしょう。
(保坂さんはもう少し笑顔があるともっといいのだけれど。)


マイタウン東京、おらが国ニッポン、もっと堂々と誇れるホームランドになってほしい。

PS
岩波ブックレットから7月7日に出た最新刊、同じく姜尚中さんによる『希望と絆――いま,日本を問う』もおすすめです。

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青い地球は誰のもの (酋長シアトルからのメッセージ)

子供の頃、合唱隊に在籍していたから沢山の歌を歌ったが、心に残っている曲の1つが「青い地球は誰のもの」。シンセサイザーのパイオニア富田勲氏の作曲。誰?ってあの「新日本紀行」や「きょうの料理」のテーマ曲を作曲した人、といえば誰もが”ああ、あの曲ね!”と思い当たるとおもう。

その富田さんが作曲されたこの曲、歌詞は”青い地球は誰のもの”オンリー。それが色々とアレンジされながらきれいなメロディーラインで繰り返されているのだけれど、凄いんですよ。だまされたと思って、まずは聞いてみてほしい

青い地球は誰のもの



これが70年代の曲だったなんて、びっくり。
歌いながら、何てきれいなメロディーなんだろうって思ったし、歌いながら気持ちはちょいとばかり高揚するし、そして知らず知らずのうちに、”地球って青くてきれいなんだよ、そしてあなたはその一員なのですよ”と刷り込みされていたような・・・。えらいこっちゃ、この曲。

その青い地球のひとつに日本があって、といったらやっぱり「新日本紀行」でしょ。

新日本紀行



ああ、いいなあ、この合い間に入る拍子木がなんともいえない!
懐古趣味に走る歳じゃないけれど、なんか郷愁を感じるなぁ。
里山や林を走る小川、めだかやおたまじゃくしのいる田んぼといった風景や、額に汗して淡々と仕事をこなしている人々とか、家族総出で一所懸命頑張っている、そんな光景が見えてくるような感じ。
高度経済成長期に突入し始めていた頃の日本の様々な光景を放送していたような記憶が。


あの頃は、まだ東京の真ん中、千駄木でも空が大きく見えた。
モンシロチョウにトンボ、カマキリ、かたつむり、てんとう虫だってまだまだ見かけることができた。
ここには日本電信電話公社(今のNTT)の電話交換機が入っていた建物があって、唯一大きな建物だった。
それが民営化の成れの果て、もと公共の施設が、NTTの関連会社(NTT都市開発)と不動産会社(東京建物)とが一緒になって、地域にまったくマッチしない自分たちの利益を最優先させた巨大マンションの建設を行っている。

建設するときは(戦前だった)住民が協力したって言うのに、”役所の許可出てます””法律に問題はありません”そして極めつけは”事業ですから”と。
解体作業は粛々と着実に進んでいる。作業が出す大音響&振動はかなりの”暴力”。それなのに地域住民ができることは現実問題としてはないに等しい。
千駄木五丁目計画の問題点

ああ、法治国家といっても"権力者”に都合のよい法治国家だったのよね、はい、今になってよく分かりましたーっ!いつからこんな世の中になってしまったの?


そんな未だに前世紀の遺物的仕事を継続している企業に、そして、そうではない平穏な暮らしを願っているあなたにも、最後にひとつ。
アル・ゴアの著による「地球の掟」(小杉隆 訳 ダイアモンド社刊)より、以下の部分を引用しておきます。

-------------

1855年にシアトル酋長がフランクリン・ピアース大統領に対していった言葉がある。
それは大統領がシアトル酋長の部族の土地を買い取ると述べたときに語られた。
彼の答えの力強さは何度引用されようと、今なお耳に新鮮である。

「空や土地を、何故、貴方方は売ったり買ったり出来るのですか。
そういう考えは私達には奇妙に思えます。
空気の新鮮さや水の輝きを所有していないのに、どうして買えるのですか。
この大地の全てが私達にとっては神聖なものです。
松の葉の輝く針の一本一本が、砂浜の砂粒の一粒一粒が、闇い森の霧のきらめきの一つ一つが牧草のざわめきのどれもが、羽音を立てて飛ぶ虫の一つ一つが。
そのどれもが我が民の記憶と経験の中で神聖なものです。

もし、この土地を私達から買い取るのであれば、そこにある空気は我々に大切なものであることを、空気は生命を支え、魂を育んでいるものであることを忘れないでください。
我が祖先に最初の息をあたえた風は、その最後も引き取った風です。
同じ風が私達の子孫に生命という魂を与えるのです。

だからもし、あなたがたにこの土地を売るなら、あなたがたはこの土地を特別に保護し、聖なる場所として、つまり牧場の花で甘いにおいに満ちた風をいつでも人々が味わうことの出来る場所として保存しなければなりません。

あなたがたの子孫に、私達が自分の子孫に教えてきたことを教えていただけるでしょうか。
つまり、地球は私達の母だということを。
大地に落ちるものは大地の子供達にも落ちるのです。

私達はよく知っています。
大地が人間に属するのでなく、人間が大地に属することを。
全てのものが人間みんなを結び付ける血のように結び付いているのです。
人間が生命という織物を織ったのではなく、人間はその生命のなかの一本の糸にすぎないのです。
人間がその織物に対してする事は実は自分に対してする事なのです。

一つだけはっきりと分かります。私達の神はあなたがたの神でもあるのです。
大地は神にとって大切なもので、その大地を傷つけることは、それの創造主に対して侮辱を重ねることです。」

-------------
参考:
TOMITA ON NHK?冨田勲 NHKテーマ音楽集
新日本紀行/冨田勲の音楽

地球の掟[新装版]―文明と環境のバランスを求めて
父は空 母は大地―インディアンからの手紙 
ブラザー イーグル、シスター スカイ―酋長シアトルからのメッセージ

出ました!ネガティブ・キャンペーン

早速入っていました、民主党に対するネガティブ・キャンペーンのちらし。相変わらず排他的なことを言っているけど、こういうの作っているヒマがあったら、国民一人当たりいったいいくら借金を背負わされているのか、そういう数字でも追ってみたら?
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田中康夫氏率いる 新党ニッポンのサイトにある日本の借金時計
それによると超・凄いことになっている!生まれたばかりの赤ん坊から、三途の川までひと泳ぎか?の人まで、ぜ?んぶ全部の国民をいれて、一人当たりいくらになるかというと約940万円也

今この瞬間にも増え続けていて、1秒間で なーんと、
184万8216円増えている っていうのよ、ね、信じられるぅ?


ね、どうするのよ、これ?
どこのだれがこんな状態にしたのよ?
誰がこのツケを払うっていうの?

国敗れずして、荒廃しまくり。
ああ、悔しい、こんなに素晴らしい国は世界にないのに!
無念だ、悲しい。

大きなお金というと即、頭に浮かぶのは公共工事などの建築系、そこにはおそらくおびただしい数の談合が。。
ここ千駄木の元NTTの施設だったところも着々と工事は進んでいるけれど。
詳しくはこちらを→千駄木五丁目計画

民営化の名のもとに行なわれた過去のありとあらゆる事業の裏には政・官・財の馴れ合いが存在しているのだろうなあ。
日本全国の元NTTの施設もこんな感じにある日突然、青天の霹靂、って具合で環境無視、その場だけドカンと儲ければいいってことで一部の人の利益になってしまっているんだろうな。
どこもかしこも、ごくごく一部の人たちがおいしい利権を分けあうという構造が出来上がっているの?

それを正しく国民に教えてくれるメディアは存在しないし、メディアもまたその仲間に入っていたりするからもっとタチが悪い。
かくてこういう馴れ合いの状態が蔓延するってこと?どん底にまで落ちないと変われないの?
それじゃあまりにも悲しすぎるよ。

それに。
いずれにも属していない大多数の一般国民がしわ寄せをもろに受けているって変じゃない?
だれもそんなこと、こんな借金なんて望んでいないのに
なんで?

ネガティブキャンペーンなんぞしている場合じゃないぞー。

メディアってぇ?ものは。。。

悪事や不条理の実態を知っているメディアやジャーナリストたち。
本来、事実を公にし、抑止力となる役割をしなくてはならないのに、それを放棄しているうえに、場合によっては共犯者になっているのが現実。

毎日流されている情報。重要なものも、どうでもよい軽ぅ?いのも混ぜ合わされ、大量にたれ流し状態。そしてすぐに忘れ去られていくさまは、まるで消耗品のよう。
そりゃ、そうか。放送局って、送り放しの局、って書くものね。

なぜしつこく何回もやるの?というものもあれば、あれ?どうして素通りなの?というのも。
スイッチ入れれば簡単に茶の間に入ってくるものだから、一般の人々を啓蒙する(どっちの方向に?)ツールとしては最適でしょうなあ。

かくて、身近に事件が起きてやっとことと次第に驚く、ということになるのか。
この千駄木で進行中の 元NTTの土地が巨大マンションに化ける、という様にね。
(千駄木五丁目計画)

権力者は巧妙に手を変え品を変え、わたしたちの周りを確実に包囲して、あらぬ方向にもっていくようだ。
巻き込まれてつらい目にあうのは、いつも一介の市井の人。


これでもかこれでもか、と毎日流れているインフォメーション。
乱暴なまでに単純化され、粗悪品を提供しているのでは、と感じる。
無責任だなぁ、あの人たちって、本当の仕事をしてよっ!

外国のメディアと比べてみると、国内で言われているのとはちょっと違うことが分かるし、日本で流れているニュース自体が随分と偏っていることと、内向きなことがハッキリと見える。

どうせろくなニュースはないんだし、たまにはシャット・アウトするのが精神衛生上、よろしい。
健全な精神は健全な肉体に宿る。

そういえば、ニュース断食(その日は一切ニュースに触れないばかりか、話しもしない)を、あの著名な統合医療提唱者、アンドルー・ワイス医師がおすすめしていたっけ。

下手の考え休むに似たり・・・かな。
それでもたまには立ち止まり、考え、見つめてみる、それがまず一歩なのかな。

癒す心、治す力

大事なこと、忘れていたけれど 主権在民なんだ!

小学校の社会の時間に習ったこと。三権分立、主権在民。なんて素晴らしいシステム、憲法ってよく考えられているんだなあと思ったのもつかの間。テレビには国民の代表である国会議員が灰色交換じゃ?なかった”灰色高官”として映し出されていた。
私たちが”民主主義”の憲法のもとに選んだ、私たちの”代表がシュウマイじゃなくて”収賄”という悪いことをしたらしいのに何もお咎めなしなの?それってどういうこと?
代表ってことは、私たち子どものお手本じゃないの?
学校で習ったことと、今ここに見ているものはどうしてこんなに違うの?

そう疑問に思ったっけ。

”大人は信じられない”という意識と、物事はよく見て判断すべし、という感覚がなんとなく生まれたのは多分その時期だと思う。”禊ぎ”を済ませたから、とゾンビのように復活してくる大人たち。不思議に思うのと同時に、軽く水に流してしまえる状況ってどうして?と思った。

多分、その頃から少しずつ政治が腐敗してきたんだろうと思う。
え?「記憶にございません」?ですって?
そ?なんでしょうね。
だから経済危機後、各国の首脳たちが活発に意見交換して世界情勢は変化しているというのに、この期に及んでも内向きでいられるのは、そういう人たちが永田町で自分たちのことだけ、わが身可愛さの行動ばかりしているからでしょう?ちがう?

今回の文京区の千駄木で勃発している、マンション建築騒動。
元NTTの用地(商業地域)と隣接の東京建物の土地(第一種中高層住宅専用地域)が合わさったことで、なぜ4階までしか建たないところに10階建てが建つの?という寝耳に水の計画。
始めに申請をだし、(外部がチェックして)役所が申請受理したら、住民への説明会(形だけ)。ころあいを見計らってそれも打ち切り。どんなに納得がいかなくても、役所の調停やあっせんは効力がないし、住民側が裁判起こすにはとてもとても高いハードルが横たわる。
つまりは、どんなにおかしいとおもっても、現行の法律がこうなっているから、大企業の前には何もできない私達、小市民。(千駄木5丁目計画の問題点

日本の建築法律は戦後の住宅不足時代の政策がいまでも続けられ、一戸でも多く住宅を建てることに重点がおかれているまま。
住宅戸数が過剰供給になってもいまだに見直しされず、東京都にいたっては、大通りに高層マンション、それは震災の際の防火壁なんだそうな。それって都市計画なの?冗談きつすぎ。

獅子型ヘア&藪だか竹だかの中の時代に改正(改悪)された建築基準法は、古い建物を壊して建て直すスクラップ&ビルド。ディベロッパーの都合の良いように解釈されているのが悲しいかな、現状。

NTTの元電話交換しせつなんて、いたるところにあるから日本全国、各地で確実に進行中の現象だと思う。わが身に起こらなければ、気がつかない事実、でも気づいたときには遅い、何も手を打てないのが現実。
住民側にたとうが、企業側にたとうが、みんな同じ一市民、なのにね、変だよ、これ。

小学校以外でも授業でやったように思うけれど(基本的人権や象徴天皇他も忘れていないし)大学の英語の授業までは忘れていた。そしてそれ以後も忘れていた、マンション騒動が起こるまでは。


昨晩、社民党の保坂展人(ほさか・のぶと)衆議院議員のパーティで行われた伊藤真氏との対談で、伊藤氏が「主権在民なのですよ」と発言された。
え?あ、そうだった!!ごめん、ごめん。長い間忘れていたよ、この大切なことを。

ここは専門家、伊藤塾の伊藤真氏のブログから以下を引用したい。

・・・経済の市場原理はとても大切なものです。ですが、それ一辺倒ではバランスを崩します。この原理は、自由競争と効率性を追求しますが、自由競争は必然的に勝ち負けを生み、弱者、敗者を排除していきます。淘汰によって強いものが生き残ればいいのだという発想は、人間社会の大切なものを失わせます。また、効率性を追求するということは、プロセスはどうでもいい、結果がすべてという成果主義につながります。結果を出せない生き方は評価されません。

しかし、こうした経済の市場原理とともに、憲法の人権の原理があることを忘れてはなりません。憲法の人権の原理においては、弱者を排除することなく、社会の一員として受け入れていきます。排除ではなく受容の原理です。そして、結果も大切ですが、それと同じくらいそこへたどり着く過程、プロセスもまた重要だと考えます。憲法31条の適正手続の保障などはその最たるものです。

憲法は幸福権ではなく、幸福追求権を人権として保障しました。これは幸福へ向かうそれぞれの生きる過程を人権として保障しようとしたものです。人間は結果だけのために生きるのではありません。もし結果だけを問題にするのであれば、人には死という結果しか待っていません。そこで重要なことは、死という結果ではなく、今をどう生きるか、つまり生きている過程です。この生きるという営みそのものに価値があるのです・・・



ああ、そうです、そのとおり!!伊藤塾の伊藤 真さん(ご存知カリスマ弁護士)や保坂 展人衆議院議員">保坂展人衆議院議員(次回の選挙では社民党・東京8区杉並区より立候補予定)さんのような人がいるなら、まだまだ日本も捨てたもんじゃない。未来を信じられる、と感じる。

引用した伊藤氏のブログの全文はこちらをどうぞ。
constitution

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